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七日間の潔白証明~婚約破棄された公爵令嬢は、真犯人を探す~
七日間の潔白証明~婚約破棄された公爵令嬢は、真犯人を探す~
Author: 菊池まりな

第1話  あなたを婚約者とは認めない

last update publish date: 2026-10-20 15:16:18

 シャンデリアの光が、大理石の床に幾重にも反射していた。

 王宮の大広間には、国中の貴族が集められている。今宵は、王太子ルシアン・アルヴェイン殿下の生誕を祝う舞踏会。私、ヴィオラ・フォン・ローゼンは、婚約者としてその隣に立っていた。

 ──いつものように。

「ヴィオラ様、今夜も凛としていらっしゃいますね」

「相変わらず、殿下の隣がよくお似合いだこと」

 すれ違う貴族たちの声には、賞賛の皮を被った棘がある。私はそれに気づかないふりをして、小さく会釈を返した。

 冷たい令嬢。高慢な公爵家の娘。婚約者という立場を笠に着ている女。

 そう噂されていることは知っている。けれど、いちいち弁明したところで、何が変わるわけでもない。私は昔からそうやって、感情を表に出さずにやり過ごすことを覚えてきた。

「ヴィオラ」

 低い声に呼ばれ、顔を上げる。ルシアン殿下が、こちらをまっすぐに見ていた。その瞳には、これまで見たことのない硬さがある。

「殿下、いかがなさいましたか」

「皆の前で、話しておきたいことがある」

 その言葉に、周囲のざわめきがすっと静まった。楽団の演奏が止まる。何百という視線が、私たちに集まっていくのがわかった。

 殿下は一歩前に出ると、広間全体に届くほどの声で告げた。

「ヴィオラ・フォン・ローゼンとの婚約を、本日をもって解消する」

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。いや──理解したくなかったのかもしれない。

「……理由をお伺いしても?」

 私の声は、自分でも驚くほど平静だった。

「君は、王妃にふさわしくない。感情を見せず、常に人を値踏みするような目で見る。そんな女性に、この国の未来を任せられない」

 会場のあちこちから、小さなどよめきが上がる。同情の視線、好奇の視線、そして──嘲笑を隠しきれない視線。

 殿下は続けて、扉のほうへと手を差し伸べた。

「代わりに、私の婚約者として紹介したい女性がいる。セシリア・ベルナール男爵令嬢だ」

 淡い水色のドレスを纏った女性が、しずしずと歩み出てくる。柔らかく微笑む顔。誰もが好感を抱くだろう、あたたかな空気を纏った人だった。

「はじめまして、ヴィオラ様……その、このような形になってしまい、申し訳ございません」

 セシリア嬢は、私に向かって深く頭を下げた。悪意は感じられない。むしろ戸惑っているようにさえ見える。

 ああ、この人は本当に何も知らないのだろう。

 私はそう思いながら、左手の薬指に触れた。八年間、そこにあり続けた婚約指輪。冷たい金属の感触が、やけに鮮明に伝わってくる。

「……承知いたしました」

 私は静かに指輪を外すと、それを殿下に差し出した。

 会場が息を呑むのがわかる。誰もが、私が泣き崩れるか、あるいは激高するかを待っていたのだろう。けれど私は、ただ淡々と、そうすべきことをしただけだった。

「ローゼン公爵家として、殿下のご決断に異議を唱えるつもりはございません。八年間、婚約者としてお側におらせていただいたこと、感謝申し上げます」

 深く一礼する。頭を上げたとき、殿下の表情に一瞬だけ迷いのようなものがよぎった気がした。けれどそれも、すぐに硬い仮面の下に隠れてしまう。

「……理解してくれて感謝する」

 それだけ言うと、殿下はセシリア嬢の手を取り、会場の中央へと歩いていった。二人を祝福する拍手が、まばらに、けれど確実に広がっていく。

 私はその輪の外に立ち、ただそれを眺めていた。

 これで、終わり。

 そう思った瞬間だった。

 大広間の扉が、勢いよく開け放たれる。

「王太子暗殺未遂の容疑により、ヴィオラ・フォン・ローゼンを拘束せよ!」

 甲高い声が、シャンデリアの光の下に響き渡った。

 一瞬、何が起きたのか誰も理解できなかったのだろう。静寂のあと、悲鳴にも似たどよめきが会場を包む。

 近衛騎士たちが、剣を携えて私を取り囲んだ。

「……何かの間違いでは」

 私が発した声は、自分でも驚くほど掠れていた。けれど誰も、それに答えようとはしない。

 視線を巡らせると、殿下がこちらを見ていた。先ほどまでの硬い表情とは違う──どこか、痛みを堪えるような顔。

「殿下」

 私は騎士に両腕を取られながら、まっすぐに殿下を見つめた。

「これは、どういうことでしょうか」

 殿下は、しばらく黙っていた。

 そして、絞り出すように言った。

「……昨夜、私の部屋から毒が検出された。その毒は、君の私室にあったものと同一のものだと判明している」

「私は、そのような」

「証拠がある、ヴィオラ」

 その一言が、広間に静かに、けれど確実に響いた。

 騎士たちに連れられながら、私は最後にもう一度、殿下を振り返った。

 その瞳の奥に、微かな──本当に微かな、違和感を見た気がした。

 殿下は今、何かを隠している。

 そう直感した。けれど、それを確かめる時間はもう残されていなかった。

 大広間の扉が、私の背後で重く閉ざされる。

 これが、私の──「悪役令嬢」と呼ばれた女の、七日間の始まりだった。

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